MLDに似た病気

 MLDという疾患は、われわれ一般人が知っている他の病気と比較するだけでは、なかなか理解しにくい面があります。また、診断の過程でも、症状の説明でも、医師はしばしば比較例として他の疾患を挙げるのですが、これがまた、どれもこれも初めて聞く病気ばかり、というのが実感です。ここでは、MLDという疾患のもっている性格を、いくつかの側面から他の疾患と比較してみます。

  1. 白質ジストロフィー
  2. 脱髄疾患
  3. リピドーシス
  4. リソソーム病
  5. 代謝異常症
  6. 遺伝病

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 おおざっぱに言い切ってしまうと、MLDとは、症状がおきる場所から言えば白質ジストロフィーであり、細胞レベルで見ればリソソーム病、主な症状から言えば脱髄疾患であり、症状を起こす原因物質から言えばリピドーシス、症状がおきる理由から言えば代謝異常症、その根本的な原因を考えれば遺伝病、治療法が確立されていなという意味では難病、ということになるのでしょう。しかし、いずれの分類でも、MLDは、最も患者数の多い疾患でも、代表的な疾患でもありません。MLDより患者数も少なく、病態の研究も進んでいないのに、遙かに有名な疾患がある、という現状は、このあたりにも理由があるような気がします。


■白質ジストロフィー

 白質ジストロフィーとは、中枢神経系(CNS:central nervous system)の髄鞘に病変が起きる進行性の疾患の総称です。

 たとえば、「胃潰瘍」という病名は、問題の起きる臓器と症状を組み合わせたものですが、「白質ジストロフィー」という病名も、同じような発想でしょう。このような命名は、病気の原因がわからない場合につけられることが多いので、ひょっとしたら将来はMLD(異染性白質ジストロフィー)ではなく、「アリルスルファターゼ欠損症」のように呼ばれるようになるかもしれませんね。ただし、実際には現在白質ジストロフィーに分類される疾患は、すべて遺伝的な原因をもつ代謝異常症なので、「白質ジストロフィー」という病名は、実は疾患の原因も示しています。

 白質ジストロフィーの代表的な疾患はALD(副腎白質ジストロフィー)でしょう。ALDはMLDと同様の発症経過をたどりますが、脳以外でも(副腎皮質機能の低下で)障害がおきること、末梢神経の脱髄は顕著でないことなどがMLDと違います。ALDは、その患者と家族の実話に基づいた映画「ロレンツォのオイル」でも有名になりました。以前、大宅壮一文庫に収録された1992-1996の雑誌記事に「白質ジストロフィー」をキーワードに検索をかけたことがあるのですが、ヒットしたのは3件で、いずれもALDに関するものでした。そのうち1件は、映画「ロレンツォのオイル」と絡めたタイトルでした。この映画がALD、白質ジストロフィーへの一般の認知に大きな役割を果たしたことは間違いないでしょう。なお、MLDは乳幼児型の患者が多いですが、ALDは半数が小児型です。

 白質ジストロフィーとしては、ALDの次にMLDが一般的でしょう。MLDの症状とムコ多糖代謝異常症を併せたような症状を見せる疾患にMSDがあります。MSDは現在は独立した疾患として考えられていますが、かつてはMLDの特殊型として白質ジストロフィーに含まれていました。

 いろいろな面でMLDに似ている白質ジストロフィーとしてKrabbe病があります。Krabbe病はMLDと発症率が変わらず、診断上も区別しにくいので、MLDの診断が確定するまで、可能性のある疾患として耳にする機会も多いのではないかと思います。この他、白質ジストロフィーとして知られている疾患には、Canavan病Pelizaeus-Merzbacher病Alexander病などがあります。

新潟大学脳研究所神経内科臨床講義 (白質ジストロフィー全般がよくまとまっている)

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■脱髄疾患

 白質ジストロフィーは脱髄を特徴としますが、脱髄を主な症状とする疾患は他にももあります。逆に言えば、脱髄疾患の中で、先天的な代謝異常によるものが白質ジストロフィーです。白質ジストロフィー以外の脱髄疾患は、原因がまだよくわかっていないものが多く、アレルギー、自己免疫、ウイルスなどが疑われています。この意味で、脱髄疾患は、疾患の原因とは無関係に、症状のみでくくった分類だといえます。

 脱髄疾患の代表的なものには多発性硬化症(multiple sclerosis〈MS〉)があります。MSは、中枢神経系の白質に脱髄やグリオーシスが出現する疾患で、原因などはよくわかっていません。MLDなどの白質ジストロフィーは、乳幼児、小児の患者が中心ですが、MSは20〜40歳で発病することが多い大人の病気です。この他の脱髄疾患としては、視神経脊髄炎、Schilder病、急性散在性脳脊髄炎などがあります。

 中枢神経系の細胞は、いったんダメージを受けると再生することができません。これが白質ジストロフィーを含めた、脱髄疾患の完全な治療を難しくしています。そのため、現在ミエリンを再生するための研究が進められていますが、これらの研究は患者数の多いMSを主なターゲットとしています。「ロレンツォのオイル」のオドーネ夫妻は、現在ミエリンの再建をめざす医学的研究を支援するmyelin projectという活動を行っていますが、ここでも対象はALDというよりも、むしろMSです。しかし、言い換えれば、MSの治療を目的とした、ミエリンの再建技術が確立すれば、MLDなどの白質ジストロフィーの治療法の確立の、大きな足がかりになると思われます。

MS CABIN

THE MYELIN PROJECT

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■リピドーシス

 リピドーシスとは、先天性の脂質代謝異常のために、体内に脂質(lipid)が異常蓄積(osis)することによって引き起こされる疾患の総称です。つまりリピドーシスというのは、疾患の原因となる物質の種類による分類です。実際には、リピドーシスのほとんどがスフィンゴシンを含む脂質、すなわちスフィンゴリピドの蓄積症であるスフィンゴリピドーシスです。脂質は脳白質以外の脾臓、肝臓などにも蓄積します。そのため、Krabbe病のような、脳への異常蓄積が問題になるリピドーシスがMLDと似た症状を示す一方で、肝臓への異常蓄積が問題になるゴーシェ病などのリピドーシスの場合、臨床症状はかなり異なります。なお、リピドーシスの研究を目的とするリピドーシス研究会という学会もあり、MLDもその研究テーマになっています。以前からある先天性代謝異常学会の中でも、リピドーシスに関する研究は慈恵会医科大の衛藤先生のグループなどによって進められていたということですが、患者の数の上から言うと、先天性代謝異常症の中ではムコ多糖症候群(これは脂質ではなく、糖質の代謝異常)が大きな割合を占めると思われるので、リピドーシスだけの学会ができることは大歓迎でしょう。

 リピドーシスの中で比較的症例が多いのはゴーシェ病で、現在日本で50例以上の患者が存在し[遺伝子病マニュアル]、また、患者組織もあります。ゴーシェ病はグルコセレブロシドという脂質が肝臓、脾臓、骨髄などに蓄積する疾患ですが、すでに骨髄移植、酵素補充療法、遺伝子治療が効果を発揮しています。

 GM2-ガングリオシドーシスはガングリオシドが神経系、肝臓、脾臓、腎臓などに蓄積する疾患で、中でもユダヤ人に高頻度で見られるTay-sachs病が有名です。対象治療のみが行われています。

 モルキオB型と併せて、β-ガラクトシダーゼ欠損症とも呼ばれるGM1-ガングリオシドーシスは、ガングリオシドGM1、ケラタン硫酸、オリゴ糖といった物質が蓄積します。治療法は確立されていません。

 この他のリピドーシスとしては、Fabry病Niemann-Pick病などが知られています。

リピドーシス研究会

ゴーシェ病患者及び親の会

National Tay-Sachs & Allied Diseases Association

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■リソソーム病

 リソソーム(lysosome:ライソゾームという読み方もある)病は、リソソーム性蓄積症(lysosomal storage disease)とも呼ばれ、遺伝子の変異によってリソソーム中の特定の酵素の合成に異常が生じ、その結果、その酵素が司る代謝の異常が起きる疾患の総称です。具体的には、本来、組織内で分解、排出されるべき物質が異常蓄積されることによって、各種の症状が現れます。なお、リソソームとは、動植物の細胞の中にあるもので、そこで酵素が働く工場のような存在です。

 MLDはアリルスルファターゼAの遺伝的欠損によっておこる病気ですが、このアリルスルファターゼはリソソームで働くリソソーム酵素なので、MLDもリソソーム病となります。白質ジストロフィーの中では他にMSDKrabbe病(GLD)などもこのリソソーム病になります。逆にALDはリソソーム病ではありません。

 リソソーム病の中で最も多いのはゴーシェ病で、ゴーシェ病をはじめとするリピドーシスのほとんどは、同時にリソソーム病でもあります。リピドーシス以外、つまり脂質の蓄積以外の原因によるリソソーム病には、糖質、糖蛋白質、アミノ酸などの異常蓄積によるものなどがありますが、中でも有名なのはムコ多糖の異常蓄積によって起こるムコ多糖症候群です。「ムコ多糖〔体〕(mucopolysaccharid)」とはムコ蛋白質の構成部分である多糖類部分の総称で、さまざまな種類と、それに対応する酵素があるため、ひとくちにムコ多糖症といっても、その症状などは多様です。代表的なものとしては、ハーラー症候群、シャイエ症候群、サンフィリッポ症候群モルキオ症候群などがあります。

 リソソーム病は遺伝子の異常に原因があるため、根治するためには遺伝子治療しかありえません。酵素が足りないならば、それを補えばよい、という発想では、臓器移植、骨髄移植、酵素補充療法が試みられています。疾患によってその効果に大きな違いがありますが、技術的に可能な(つまり酵素を確保できて、それを患部に運ぶことができる)疾患については酵素補充療法が大きな成果を上げていますが、これが使えるのはごく一部の疾患です。ムコ多糖症候群の場合、日本でも骨髄移植がかなりおこなわれていますが、効果は限られているようです。一部の疾患では臓器移植や薬物治療も行われています。

→リソソーム病一覧(和文)
→リソソーム病一覧(英文)

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■代謝異常症

 代謝異常は遺伝以外の理由でもおき、たとえば糖尿病におけるインスリン欠乏などが知られています。このような広義の代謝異常に対して、狭義の代謝異常症とは、多くの場合、遺伝的な異常による代謝障害を指します。リピドーシスでも、リソソーム病でもない代謝異常症としては、アミノ酸代謝異常症であるフェニルケトン尿症(PKU)メープルシロップ尿症や、金属代謝異常症であるウィルソン病メンケス病があります。代謝異常には、1)必要な物質が作れない、2)不要な物質が分解されないので異常蓄積する、3)必要な物質を必要な場所に運べない、の3つのパターンがあり、リピドーシスはもちろん、リソソーム病は 2) のケースですが、ウィルソン病、Menkes病は3)のケースにあたります。

 先天性の代謝異常症は現在わかっているだけでも500以上あり、よくわかっていない疾患もたくさんあります。ちょっとずつ勉強していますが、もうお手上げ、という感じです。しかも、どれも分子レベルのDNAとか、生化学なんかの知識が必要になるわけです。

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■遺伝病

 一言で言えば染色体遺伝子に問題があるために症状が起きる疾患です。百科事典によれば、遺伝病は、「遺伝的形態異常」「遺伝的機能異常」「遺伝的代謝異常」「分子病」「その他」といった分類が可能です。遺伝的形態異常としては、ダウン症候群が有名ですが、他に骨形成不全症、マルファン症候群などがあります。分子病は遺伝的タンパク質分子の異常が原因で起きる病気で、鎌形赤血球貧血などのヘモグロビンの異常がよく知られています。MLDはもちろん遺伝的代謝異常です。

 以上の分類は、症状によるものですが、どのような形で遺伝的な異常が起こったか、という点から分類することもできます。MLDの場合はDNA上の一つの遺伝子の異常という、もっとも小さいレベルの異常が原因ですが、ダウン症候群は21番目の常染色体が1本増加した結果起きます。1本の染色体にいったいどのくらい遺伝子が含まれているか手元に資料がありませんが、何百万では済まないでしょう。つまり、同じ遺伝的な異常といっても、その規模が全く違います。その意味では、MLDのような先天性代謝異常症は「遺伝子病」、ダウン症候群は「染色体異常症」というべきなのかもしれません。このあたり実は私もよくわかっていません。

→Four-Leaf Clover (染色体異常児の家族のサークル)

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