「治療最前線 現場取材シリーズ第2弾」
MLDの病理学:鴨下重彦先生に聞く

 

 白質ジストロフィーの病理学的研究の草分け、鴨下重彦先生(現:国立国際医療センター総長)のお話をうかがってきました。内容はやや専門的なので、まず、「MLDってどんな病気」「MLDはどうやって治すの」などでアウトラインを理解した上でお読みください。(以下文責 高橋洋)



鴨下先生のご紹介

kamosita.jpg (28453 バイト) 鴨下先生は小児神経疾患に関する病理学の専門家で、いまから40年近く前に、日本で始めてMLDの症例を学会に発表されたのをはじめ、小児神経難病、特に白質ジストロフィーの病態生理の研究に多大な貢献をされました。たとえば、Menkes病に関しては、米国留学中に世界で2番目に症例を発表されたということです。当日も「ちょっとしたアクシデントがなければ、銅代謝異常という病態生理を世界で最初に発表できたのに」と、残念そうにお話になっていました。東大退官後は研究の一線を離れ、国立国際医療センターの総長をされています。たまたま、楓子が産まれたのも同病院だったこともあり、今回お会いできることになりました。MLDに関しては、日本で最初に発表したというだけでなく、先生の研究生活の中でもひとつのエポックだった(学位論文)ということで、「特別に関心がある」とのことです。なんとなく、いつも「遺伝病のひとつ」「白質ジストロフィーのひとつ」といった感じで「〜のひとつ」扱いされているような気になる稀少難病患者の家族としては、非常に嬉しい一言ですね。

■日本で最初にMLD患者が見つかった頃はどのような状況だったのですか

 当時はMLDに関しては全く知られておらず、最初にMLDではないかと考えた患者も、他の病院で長い間脳性麻痺という診断を受けていました。最初の学会発表のあと、同じような症例の患者の報告が相次ぎ、私も幼児型4人と若年型1人についてMLDと診断しました。最初の症例が報告(注:日本で。海外では20年以上前に報告されている)されたあとに、それまで全くなかった診断が急に増えるというのはよくあることです。
 当時は診断方法も発達しておらず、DNA診断はもちろん、CTさえなかったわけですから、MLDのように病変が脳中心に起こる疾患の診断は難しかったのも事実です。白質の変性といった現象の確認方法も、気脳写という、脊髄から空気を入れる患者にとって苦痛を伴う手段しかありませんでした。最初の患者の診断の確定も、亡くなった後の病理解剖によるものです。その意味では、こと診断に関しては、現在の技術的進歩には目を見張るものがあります。

■それ以来、さまざまな治療法が試されてきたようですが

 病態生理があきらかになった時点で、さまざまな食餌療法が提案されました。たとえば低ビタミンA食については、かなり肯定的な論文が発表されたので注目されました。しかし、こういった食餌療法については、ASA活性値が上昇したり、脳以外の臓器のスルファチドの蓄積がある程度押さえられたといった検査結果がでても、それがどれだけ実際の症状の緩和に結びついているかの判断が難しく、また、長期的な観察でも効果について疑問が残りました。食餌療法については、「ロレンツォのオイル」が有名なALDなどでも試みられているのですが、行った結果、逆に数値的には悪い結果が出る場合などもあり、また、それ自体が患者の負担となるケースもあり得ることから、次第に行われなくなってきました。
 90年代に入ってからは、他の先天性代謝異常症に効果のあった骨髄移植が注目されました。しかし、血液脳関門の存在のため、骨髄移植の効果は中枢神経の疾患にははっきりと表れにくいという傾向があります。そのため、ゴーシェ病のように、脳以外の臓器に蓄積が集中する疾患では非常に効果的ですが、中枢神経の障害に症状が集中することがむしろ特徴であるMLDに応用することについては、現在でも評価が分かれています。また、骨髄移植は、少なくとも現在の技術では、患者にとって非常に負担の大きい治療法です。ただ、今後、MLDに限らず、多くの症例で骨髄移植が行われ、データが蓄積されると同時に、それを利用するためのさまざまな障害が解決されてくれば、別の角度からMLD患者に対する骨髄移植の有効性がクローズアップされてくるかもしれません。
 遺伝子治療については、まだ研究段階ですが、人間の生殖細胞に対する遺伝子組換えが倫理上認められていないなど、遺伝子治療そのものに対する制約も多く、見通しは明かではありません。

■現時点でMLDを専門に研究している研究者はいないのでしょうか

 慈恵医大の衛藤先生はリピドーシス(脂質蓄積症)に関する学会を立ち上げようとしており、また、衛藤先生も活躍しておられた先天性代謝異常学会の中でも、この方面はしばしば取り上げられていました。医学は専門化、細分化する傾向にあり、その意味では数ある先天性代謝異常症も、1人の研究者が一生かけて1疾患を研究、という形になってくるのかもしれません。しかし、私の知る限り、現在日本にはMLD専門の研究者というのはいません。ALDなら心当たりがあるのですが。

■たとえば非常に早い段階で骨髄移植を行うことは効果的でしょうか

 MLD自体について研究したことはありませんが、似た疾患の患者の胎児を調べた範囲では、このような代謝異常による組織の変性や障害は胎児の頃から進んでいます。それが外から観察できるような運動障害や精神退行として表れる以前から進んでいるという意味では、早期発見がどれだけ治療に役立つかというのは非常に難しい問題です。たとえば、マススクリーニングが行われているフェニルケトン尿症などは、ある意味で非常にラッキーな疾患であると言えます。これらの疾患の原因となるアミノ酸は、胎内にいる間は重要ではなく、ミルクを飲むようになってから急激に代謝が始まるという性格があります。だから、出産直後に診断がつけば、発病前に食餌療法を行うことで、大きな効果が期待できるわけです。これに対して脳の白質の発達は胎内にいる間から進んでいると考えられます。
 なお、現在ではさまざまな検査法が確立していますが、MLDの場合、他の似たような疾患のための検査では異常がみつけにくいという傾向があります。つまり、MLDとあたりをつけた上での専用の検査が必要になります。

■ASA活性と症状の関連性はどの程度あるのでしょうか

 ASA活性値は、血液中の酵素アリルスルファターゼAの量を示す数値ですが、検査機関や、やり方などによって多少、数値は変わってきます。正常か異常かを確認する、診断の目安としての意味しかないでしょう。MLDがアリルスルファターゼAが足りないため起こることは間違いないですが、どれだけあればいいのか、といったことは、個人差が大きいですし、血液中のASA活性値と脳の脱髄症状の関係も単純ではありません。

■MLD患者の死因や余命をどう考えたらいいのでしょうか

 MLDの諸症状自体が直接死因となることはあまりないでしょう。私の患者だった方々の場合、やはり誤飲による肺炎が直接の死因となる方がほとんどでした。現在なら経管栄養などで誤飲を防ぐことができますから、それだけでも発症後の平均的な余命はずいぶん延びたと思います。もっとも、これは直接患者のQOLの改善につながらない対応に過ぎないことも考える必要があります。現時点では、当時の、そして場合によっては現在の医学書などに書かれている予後に比べれば、存命期間は長くなっているのではないかと思いますが、これは治療法の進歩というよりも、これらの日常的なケアの方法の進歩や、感染症を起こした場合にそれを抗生物質で抑えることができるようになったから、という事情が大きいと思います。その意味では、残念ながら、症状の進行をスローダウンさせることに成功したというよりは、植物人間に近いような状態でも延命させることができるようになってきた、と言い換えることもできます。

■MLDの臨床症状はどうして乳幼児型、小児型などに分かれるのでしょう

 症例を集めてみると、発病年齢や臨床経過からこのようなパターンを認めることができ、近年の遺伝子レベルの研究でも、それを裏付ける傾向が指摘されているということでしょう。このように乳幼児型、小児型、成年型といった形でグループ化でき、また、それぞれのグループで共通の症状が見られるというのはMLDに限ったことではなく、他のいくつかの先天性代謝異常症にも共通しています。
 なお、これも理由についてはいままでうまく説明されていないが、経験的にわかっていることとして、このような先天性代謝異常が兄弟姉妹などで発症する場合、あとから産まれた子供ほど発症時期が早くなるという傾向があります。

■MLDの白質以外の症状は本当に無視できる程度なのでしょうか

 他の臓器でもスルファチドの蓄積は進むわけですが、率直に言って、それが問題になる前に亡くなってしまう、というのが実状だったと思います。その意味では、ケア方法などの進歩によって、存命期間が延びれば、今後、脳以外の臓器に関するなんらかの障害が問題になってくるかもしれません。私も、比較的存命期間が長かった患者を病理解剖したときに、胆嚢が大きく、玉子のように丸く膨らんでいたのを経験しました。内部組織を試薬で染めると真っ茶色で、まさに“metachromatic”と呼ばれる理由である異染性の物質、すなわちスルファチドそのものでした。これは胆汁の中に多量のスルファチドが含まれているためと思われます。しかし、この胆嚢の肥大にしても、一般的にはそれだけでは特別な症状を引き起こすことにはならないと考えています。

■MLDに関する患者、研究者の組織化についてどうお考えでしょう

 米国の白質ジストロフィー関係の団体であるULF(United Leukodystrophy Foundation)には、設立の中心となった研究者との親交があったこともあり、当初から会員として協力しています。この団体の場合、研究者と患者の家族が非常にうまく組織されており、たとえば、大会でも研究者の発表会があった次の日に、患者の家族向けの講演会や懇親会が開かれる、といった形で、研究者と患者の家族がうまく協力して運営されています。
 個人的な経験としても、MLDの症例を発表したのちに、米国に留学する機会があり、そこでTay-Sachs病の専門病院を見ましたが、専門の研究者がおり、ベッドが20床もずらりと並んだ病室にTay-Sachs病の患者だけがいて、専門的な訓練を受けたスタッフのシステマチックな看護を受けている姿を見て衝撃を受けました。もちろん、Tay-Sachs病はユダヤ人の間では頻度の高い疾患であるといった背景はあるし、また、そのようなスタイルの、ある意味では機械的な看護が好ましいとはいいきれないのですが。
 こういった米国の状況と比較すると、日本ではどうしても医者は専門に閉じこもり、患者は家庭に閉じこもるという傾向があることを感じます。このような活動(注:MLD HomePageや新聞に載ったこと)への反響が、予想される患者の総数に比べて少ないというのも、そういう理由もあるでしょうね。

(1998/)


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