「治療最前線 現場取材シリーズ第3弾」
DNAレベルの研究:衛藤義勝先生に聞く

etoh.jpg (18249 バイト) 慈恵会医科大の衛藤義勝先生は先天性代謝異常症、特にリピドーシスがご専門で、MLDに関してもたくさんの論文を発表されています。MLDの確定診断としても重要なDNA診断ですが、日本国内では衛藤先生の研究室が、これを一手に引き受けています。また、骨髄移植のパイオニアである米国のKrivit教授との親交もあり、国内外のMLD患者の事情にもっとも通じている医師の一人でしょう。本来ストレートに話しにくいであろう患者の状況や将来についても、歯切れのいい言葉が返ってくる、江戸っ子気質の先生とお見受けしました。(以下文責 高橋洋)


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■MLDの日本での発症率や患者数はどのくらいでしょう?

 発症率は1/100,000くらいと見ています。全ての患者が報告されるわけではなく、特に成人型では精神病と誤診されている場合もあるでしょうから、実態は正直言ってよくわかりません。よくわからない病気として放っておかれることもあるでしょうし、遺伝病であるということから、世間にひた隠しにする、という家庭もあるでしょう。慈恵会医大にはここ5年くらい患者は来ていませんが、DNA診断をやっていることもあり、現在全国で15人程度の患者がいることは把握しています。ALD(副腎白質ジストロフィー)よりはかなり少なく、Krabbe病と同じくらいでしょう。
 米国にはULF(United Leukodystrophy Foundation)という団体があり、MLD患者も多く参加しています。数はちょっとわかりませんが、一番多いALDが300人くらいで、MLDはそれに比べればずっと少ないでしょう。

■ASA活性検査以外にDNA診断を行う意義は?

 ASA活性検査は、検査機関や、やりかたによって、ある程度結果の変わる微妙なものです。その点、DNA検査は、いままでわかっているパターンにマッチすれば確実に診断が可能です。また、DNAのどの部分が異常かという遺伝子型と、臨床型、あるいは臨床症状の間には相関が見られます。たとえば、日本人患者に多い445Aというタイプの変異の場合、ホモ接合体、つまり、両親のいずれもこのタイプの遺伝子異常の保因者であった場合、乳幼児型となり、また、445Aとそれ以外の変異のヘテロ接合体の場合より、発症が早く、症状が重くなる傾向があります。というわけで、DNA診断は、単にMLDの確定診断というだけでなく、予後を知るための手がかりともなり、また患者の家族の遺伝子異常の全体像を知ることにもつながるので、なるべく受けた方がよいのではと考えます。

■MLDの治療法としての骨髄移植はどの程度有効ですか

 早い時期に行えば、かなりの効果が期待できると思います。国内でMLDの患者に骨髄移植が行われた例は3例(東北大、清瀬こども病院ともう一カ所)しかなく、一応成功しても、移植した幹細胞の定着が悪かったりして、結果的にはいずれも大きな効果を上げることはできませんでした。しかし、よく似たKrabbe病では非常に大きな効果が上がった例があります。また、海外では現在でもMLD患者に対する骨髄移植が盛んに行われています。そもそも、日本の代謝異常症の患者に対する骨髄移植は、時期的に遅く、症状が進みすぎてから行われることが多いといった悪条件があり、今後はもっと成果が表れてくると考えています。具体的な効果としては、中枢神経系、末梢神経系のいずれも症状を場合によっては改善し、現状維持や病気の進行を遅らせることが期待できるでしょう。もちろん、元通りの健康を完全に取り戻すことはできません。また、代謝異常症に対する骨髄移植は、いろいろな意味で個人差が表れやすく、どの程度の効果が期待できるかを予測するのは難しいのが実状です。しかし、少なくとも、骨髄移植によって脳内のスルファチドが減った、という成功例があるのは確かです。

■骨髄移植の決断はどのような条件が必要でしょう

 MLDの場合、失敗した場合のリスクは白血病などよりも大きいでしょうし、効果にも不透明な部分があるのも確かです。そもそも、結果がよくない場合には、あまり論文として発表されない、つまり担当医以外の研究者に伝わらないので、成功例だけ目につきがち、ということはあり得ます。効果が出るとしても移植後1年以上たってからでしょうし、骨髄移植が患者の負担となって症状が進むこともあり得るでしょう。そのまま植物人間状態、そして死を待つか、それともリスクをおかして病気の進行を止めるために骨髄移植を行うのか。これは非常に難しい問題ですし、本来なら本人以外が判断すべき問題ではないと思いますが、それが不可能なわけですから、ご両親でよく考えた上で結論を出すしかないでしょう。時期的な問題としては、神経症状が出る前が理想的でしょうが、たとえ植物人間の一歩手前といった状況であっても、やる意味はあると考えています。しかし、これは本当に親御さんの考え方次第ですね。
 骨髄バンクも充実してきましたが、MLD患者への骨髄移植に限っていうと、同胞(兄弟姉妹)にHLA型の合ったドナーがいることが前提になると考えていいのではないでしょうか。それ以外の移植では、たとえHLA型が合っているようでも、細かいところで問題が出ることもあります。

■早期発見が重要なポイントになってきますね

 年長の兄、姉が発症している場合以外、早期発見が難しいのは事実ですね。そのような場合の出産前診断ですが、実は慈恵会医科大学病院でも2度ほど行ったことがあります。ただ、出生前診断の意味は、日本と米国でかなり違います。米国の場合、宗教的な背景もあるでしょうが、両親が保因者であることがわかっていて、それでも子供が欲しいと覚悟の上で妊娠する。そしてもし産まれた子供がMLDである場合に、一刻も早く対応するために出生前診断を行う、という考えです。だから、いままでの例でも、まったく症状が出ていない段階での骨髄移植が可能になっているわけです。それに対して日本の場合は、検査してMLDが発症することがわかれば、その時点で中絶する、という傾向が強いです。

■遺伝子治療の可能性についてはいかがでしょう

 慈恵医科大では大橋先生がアデノウイルスを使った動物実験まで行っていますが、MLDの治療を目的とした遺伝子治療の研究をしているのは、世界でもここくらいじゃないでしょうか。アデノウイルスを使う療法の現時点における問題は、それがウィルスであるために、一度使用すると体内に抗体ができてしまうということです。つまり、アリルスルファターゼAを生産する能力を遺伝子組換え技術によって組み込んだウイルスを脳内に侵入させて酵素を作らせることはできるとしても、そのウイルスが免疫機構にやられてしまうと、それ以上酵素を作ることができません。さらに、いったん抗体ができてしまうと、二度と同じ療法が通用しません。一回限りの、一時的な効果しか期待できないわけです。しかし、遺伝子治療自体は、いずれこういった問題を克服し、あと何年かすれば具体的な研究の成果がでてくると思っています。


<< 参考文献 >>
Hasegawa Y et al. DNA & Cell Biol 12, 493 (1993)
Hasegawa Y et al. Hum Genet 93, 415 (1994)
Eto Y et al. Molecular and Cellular Biochem 119:179-184(1993)
Ohashi T et al. Acta Paediatr Jpn 38(2) 193-201 (Apr 1996)
Ohashi T et al. Gene Ther 2 (6):363-368(Aug 1995)
大橋十也 「遺伝子治療の最前線 リソソーム蓄積症の遺伝子治療」(1994)
大橋十也 小児内科 1996 vol.28 増刊号「先天性代謝異常症34 ロイコジストロフィー」


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